小川正美 人生はホントの自分に戻る旅。

普通の会社員から離婚して無職になり一念発起、弁護士になった私の半生とこれからのライフワークを綴ります。

A or Bではなくて、AもBも。


続きのようなお話。

 

皆様、メリークリスマス!愛だろ、愛。

クリスマスって、世の中の空気が柔らかく弛んでいいですね。温泉猿みたいな気持ちになります(どんなだ)。

 

さて、突然ですが、人生を豊かにする二大要素は、パートナーシップとライフワークではないでしょうか。

これらが充実すると、付随して、家族や仲間、達成感、貢献感、身体的精神的健康、経済、時間、自由等々が充実していくのだと思います。

パートナーシップとライフワークは相互に車の両輪のような働きをしている、とも言われます。

(ちなみにここで言うライフワークは、仕事に限定されず、趣味、家事等も含む生き方そのもの)

 

そう。相互に深いところでは関連しているから、どちらも充実していいんですよね。本来は。本来はっ!

 

私は、このことを、頭では理解していたのですが、いまいち腑に落ちないというか、不完全燃焼なところがありました。

 

 

その原因の1つに、今日、ふと気がつきました(最近これ多いな)。

 

私は、自分が仕事で成功したら、パートナー(男性)を悲しませてしまう、という思い込みがあったことに。

 

正確に言うと、この思い込みの存在にはここ数年ずっと気がついていて、その原因については、長い間、昔付き合ってた人が司法試験に受からず自分が受かってしまった罪悪感によるものだと思っていました。

確かに、これも、大きな一因ではあるのですが、その彼も今では活躍しているようだし、それを知って心から嬉しく思う私がいるのですが(マジで嬉し泣きしました。なんて私って優しいの笑)、それでも、心の中にある「成功したらパートナーシップが上手くいかなくなるぞ。」ブレーキは、外れない。

男性社会においては男性を立てて可愛がられた方が得だ、というサバイバー的な計算かとも思いましたが、そもそもこの業界の女性は強くてかつパートナーもいる人も多いので組織の影響はないし。

 

 

なのに、なぜこんなにも引っ掛かるのか。

そして、現に、パートナーシップには貪欲なのに(笑)、仕事には貪欲になることができないのか。

 

今日、気がついたのはですね。

 

母です。そう、また、おかんです。しつこくてごめんね(笑)

 

以前にもお話しましたが、うちの母は、結婚後父が亡くなるまでの12年間、専業主婦でした。

そして、うちの家庭は、全く普通のサラリーマン家庭でしたが、幸せな家庭でした。

 

ところが、私が10歳の時に父が倒れて突然死。

 

母は、もといた職場に復帰しました。

当初の2、3年こそ、慣れない仕事と通勤でヘロヘロになっていた彼女でしたが、さすが私の母だけあって(笑)、そのうちバリバリ働きだして、男女雇用機会均等法などない時代に女子社員だけある制服を着てお茶汲みコピー取りをしつつ、会社の株式上場業務をこなしたり、上司に頼まれてもいないのにAccessで独自社内システムを組んでそれが優れているというのでオンライン化され全社採用になったり、そうかと思えば若いときの秘書経験を活かして役員等のアテンドをしたり、若い女子社員の教育をしたりしていました。正直、母が生きていたらぜひ私の秘書になって欲しかったくらい、仕事のできる人でした。

毎週金曜には、職場の仲間たちと飲み会、ベイスターズを応援したり、サッカー日本代表の試合を応援したり。うちで飲み会をしたり。

 

そういうわけで、母は、かなり楽しい会社員生活を送っていたのです。

 

父が亡くなって8年もすると、私も大学に入り弟も高校生で手がかからなくなり、本格的に会社員生活が楽しくなってきたようでした。

 

母は、たまに、「パパがいないのは寂しいけど、もしパパが生きていたら、こんなに仕事はできなかったと思うと、それも寂しい。」と言うようになりました。

 

私は、『そうか。でも、今を肯定的に捉えるのは良いことだわ。』と、思い、そして自分も仕事が好きになるんだろうな、と思いました。父のことは、あまり考えなかった。

私が父のことを真剣に思い出し始めたのは、40を過ぎて、上手くいかないパートナーシップの大きな要因はファザコンだから(笑)と知ってからです。

 

思えば、あの頃、私たち家族は、父を喪った悲しみや父不在の空虚さを、目の前の楽しい生活で覆い隠すように生きていました。

 

なので、まさかこの母の言葉によって、自分が「仕事で成功するとパートナーを悲しませる」と思っているなど、全く気づいていなかったのです。なんと、今日まで!!

 

もう少し詳しく言うと、母の考え(思い込み)は、

 

・父が生きていると、私は思う存分仕事ができない

・父が死んでると、私は仕事は好きにできるがパートナーがいない

 

という、二者択一、つまり、A or Bという発想に基づいていたのです。

今の時代では時代錯誤かなと思いますが、当時の時代背景がそうさせたのもあるし、母の時たま顔を覗かせる弱気な性格がそうさせたのもあるでしょう。

 

私は、どうやらこれを、知らず知らずのうちにインストールしていたようです。

そして、私にとっては、父が生きているほうが自分の仕事での成功よりも圧倒的に価値があるので、無意識のうちに、パートナーシップを優先していた。

ライフワークというものに惹かれながらも、それが何なのか分からない、と目隠しをしてウロウロし、目の前の弁護士業がツラくてイヤだ、と嘆いていた。

 

ライフワークとパートナーシップ両方の充実、つまり幸せへのアクセルを踏みながら、一方で、ブレーキを踏んでいた。

 

もちろん、A or Bなんて、そんなはずはないのです。

 

AもBも、求めていい。

 

 

そうなのよ!知ってた?奥さん!!(誰)

 

 

ちなみに、パートナーシップ単体の中でも、例えば、長年連れ添った夫婦において、相手のことを家族的愛情はあるけど女(男)としては見られない、というあるあるなヤツも、自分の中の愛を知り、相手の愛に気がついて受け取れば、1人の人の中に、長年の情愛とセクシーさの魅力を見ることができるようになるそうですよ。

 

そういう話はこちらで詳しく。


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