小川正美 人生はホントの自分に戻る旅。

普通の会社員から離婚して無職になり一念発起、弁護士になった私の半生とこれからのライフワークを綴ります。

その昔、生と死は、もっと近かった。

皆さま、こんばんは!愛し合ってますか?

 

時節柄か、昨日今日と、お会いした方たちと、哲学的というか宇宙的な話をする機会に恵まれまして。

 

私の周りの人たちは、振り回されない自分の軸をしっかり持っている人が多いなあ。と、嬉しくなった次第です。

 

そして、今日。

生と死は、昔はもっと近かった。もれなく全員この肉体は死に至るのに、今はなんだか目を反らす風潮ですね、というお話を、私が受けているコーチングセッションの中で話しました。

 

どんな話題やねん、という感じですが(笑)

仕事とかライフワークについても話してるよ!!


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生と死が昔は近かった、で思い出したのは、

引っ越しでアルバム整理をしていたときに、母方の祖母の葬儀の写真が出てきまして。

当時、私は4歳くらいで。

棺に入った遺体の祖母の写真が写っていて。

 

今だと、あまり、そういう写真って撮らないと思うんです。

ご遺体を写真に収めるという慣習自体、いつからか失くなったように思う。

 

母方の祖母の死は、私が生まれて初めて経験した近親者の死でした。

心筋梗塞か何か、心臓病の突然死でした。

 

その時、母は、まだ30歳と少しくらいで、とにかく落ち込みが激しくて、祖母の死から3ヶ月経ったころに、父から「いつまで泣いてるんだ。お前、子ども達の母親なんだぞ。」と叱られたそうです。

父の死後、生前の母から、聞いた話です。

母は、父から叱られてハッとした、と言っていましたし、 私もその話を聞いた当時(20代後半)は、「父ちゃんカッコいい~」と賛同しましたが、今にして思えば、父も酷いこと言うなあ、と思うのです。

だって、祖母は、小学校から母子家庭育ちの私の母やそのきょうだい達を、苦労して苦労して高校まで出して(お金がなくて大学には行かせられなかったそう)、母や伯母が孫の顔を見せて、これからやっと親孝行、という時に突然亡くなったのです。

悲しいのは当然じゃない、と思う。私なんか母が亡くなってから少なくとも3年はことあるごとにメソメソしていたわ。

 

私には、祖母が亡くなった後に母が落ち込んでいた記憶は全くありません。子ども達の前では気丈に振る舞っていたのかな、と思います。

 

もしかしたら、父は、自分が落ち込む母を見たくなくて、助けられない自分にイライラして、母にキツいことを言ったのかもしれないですね。

知らんけど。

 

とまあ、私のマザコンぶりを披露したところで(笑)、

話を戻しますと、

祖母の遺体の写真を見て、私は、昔ほど嫌悪感を覚えませんでした。

 

それは、ご遺体写真を見る仕事柄でもあるし(司法修習の時に殺人事件の記録を見ますし希望すれば司法解剖の立ち会いもあったりします。また、弁護士になった後には死亡事故のご遺体写真をいくつか拝見しました)、

 

何よりも、私自身が、死というものに以前より恐れを抱かなくなったからかもしれません。

 

その理由は、肉体としては滅びるけれど、魂は転生する、と、最近は思っているのが1つ。

宗教に入信したわけではないですが(笑)

 

もう1つの理由は、今できることをやりきって生きている(だらける時はだらけていますが、それも含めて「できること」)、からかもしれません。

 

ほなまた。